道路交通法を遵守せよ、と堅苦しいことを歩行者から大型旅客車の運転手まですべての道路上にいるひとびとに徹底することは現実的ではないのかもしれません。ですが、交通ルールは現実に則していない、便利だからルールを破るのは交通弱者としては当然だ! といった主張を見ると、そもそもルールは何のためにあるのかという点については、徹底したほうがいいのだろうな、と思う次第。

思うに、交通ルールというのは、「事故を減らすため、けが人や死亡者を減らすため」にあると思うのです。

ともすれば、交通ルールは自動車優先で円滑な行き交いのためと思われがちですが、「青信号で渡り、横断歩道で手を上げましょう」と子供に教えるのは自分の身を守るためであって、円滑な交通を第一としたものではないはず。

混合交通下において、お互いの共通認識としての交通ルールは、安全のためというのが基本といえるわけです。

さて、ここからが本題ですが、自転車の交通において、基本は車道というキャンペーン的な報道が各所で行なわれ、車道を走る自転車も目に見えて増えている印象。たしかに歩行者と自転車の交わる機会を減らすことで事故を抑制できるでしょうから、まず『歩行者を守る』という、第一段階としては有効なのだと思うのです。

そして、今度は自転車の逆走という問題が出てきているようです。これまで自由に走っていたサイクリストに、級に左側通行を守るように行っても、なかなか難しいのかもしれませんが、危険な行為であることは間違いなし。

直線ならまだしも、曲がって道での逆走は、正面衝突の機会増になってしまうだろうな、と思うのです。

目的地へのアプローチや走りやすさで逆走を正当化する声もあるようですし、仕組みとして逆走を防がない道路行政に責任を求める声もあるようです。

しかし、逆走で危険にさらされるのはサイクリスト本人。交通弱者だから守られるべき存在であっても、行政が悪かったと指摘しようが、怪我をしてしまっては、また命を失ってしまっては、どちらが悪かったという責任論はナンセンス。

ともかく、逆走が危険度を高めてしまう理由を単純化してキャンペーンしていく必要がありそうと思うのでありました。

そして、今後の重要なテーマとなるだろうと予想するのは、自転車のカテゴライズ化。

自動二輪といっても、原付き・原付き二種(小型)・普通・大型とあって、走り方(二段階右折)や走れる道路の制限(自動車専用道など)があるわけですが、自転車においてはそうした区分がないので、いわゆるママチャリをベースとしてルール作りが、おそらくロードモデルにそぐわない部分があって、それがルールを守ることはナンセンスという声につながっているのかも、と感じるところもあり。



もっとも、ハードウェアだけで性能が決まらないという自転車の特性もあるので、自転車だけで分類するのは難しいのではありますが。また車道が原則、歩道は例外なのですが、13歳未満、70歳以上の運転者が乗る自転車は歩道を通行できるとされていたりするのは、そうした乗り手による区分で、機械の性能だけで区別できない難しさを感じてしまうのでありました。


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しかし、混合交通の構成要素(カテゴリ)が増えていくトレンド、自動運転・自律走行も生まれている昨今。混合交通におけるルールを可能な限りシンプル化することが重要になるのでしょう、おそらく。



精進します。

【動画リンク追加】
先日、たまたま坂のてっぺんあたりで逆走している自転車と対向車というシチュエーションでドラレコ動画が撮れたのでペタリ。誰が悪いという話ではなく、誰もが便利だからと利用している各種モビリティなのだから、危険は出来るだけ回避しましょう、と思うのです。