3代目スカイラインはブルーバードの兄弟車になる予定だった……

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新型コロナウイルス(COVID-19)のニュースが出始めたころから「新型コロナ」という略称を使う記事に対して「トヨタの新型モデルか?!」というツッコミが一部のクルマ好きからなされていたのは、たしかにトヨタのミドル級セダンとして、かつて「コロナ」というモデルが存在していたという事実に由来するもの。新型コロナウイルスが、まだ身近な問題となる前はそんなジョークめいたエピソードを記事にしようと思ったこともありましたが、じょじょにCOVID-19の深刻さが露わになると冗談めかしている場合ではないと思い、メディアの記事化は封印したわけです。

ちなみに、トヨタ・コロナというクルマのライバルといえば日産ブルーバード。その激しい販売合戦は、それぞれの頭文字をとった「BC戦争」とメディアで紹介されたこともあったほどの主力モデルだったわけですが、いずれも現在では名前が途切れてしまっているのでした。では、コロナやブルーバードのライバルで、いまでも名前が残っているクルマはないのかといえば、答えは「あり」。

それが、日産スカイラインなのでありました。

スカイラインが、トヨタ・コロナはまだしも、”同じ日産”のブルーバードをライバル視して作られていたというのは、ちょっと理解が難しいところ。なぜ、スカイラインはブルーバードをライバル視していたのでしょうか。



というのは、もともとスカイラインは日産のモデルではなかったから。

ご存知の方も多いでしょうが、スカイラインは数奇な運命のクルマなのです。当初は、プリンス自動車といって中島飛行機・立川飛行機のエンジニア的流れを汲んだ自動車会社のモデルとして生まれています。

そんなプリンス自動車時代、1963年に誕生したのが2代目スカイラインは、当時の小型車枠(いわゆる5ナンバー)の排気量上限に合わせて1500ccクラスのモデルとして作られたのでした。スカイラインというのは小型車枠にこだわったモデルとして生まれていたのです。つまり、プリンス・スカイラインにとってライバルはトヨタ・コロナであり、日産ブルーバードだったわけです。



スカイラインの父といわれた櫻井眞一郎氏の自伝「スカイラインとともに」の192ページに次のような一節があります。
スカイラインのルーツになった二代目スカイラインは、コロナ、ブルーバードに太刀打ちしよう<中略>メンテナンスフリーといった新機軸を打ち出した。

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一方、3代目スカイライン(通称:ハコスカ)は、プリンス自動車が日産に吸収合併された後のモデル。本来であれば日産ブルーバードの兄弟車としてスカイラインが生まれ変わるはずでしたが、独立したモデルとして残ることができたのは、櫻井眞一郎氏のプレゼンテーション能力にあったのか、運命のいたずらだったのか。結果、独立したモデルとして生き残ったスカイラインの開発チームは「ブルーバードに対し、すべてにおいて優れている」クルマを目指したといいます。ここでもライバルはブルーバードであり、当然市場ではコロナもライバルになったわけです。


2020年現在、コロナもブルーバードも消えました。

スカイラインはかつてこだわった小型車枠からは外れ、グローバルなミドル級セダンとして自動運転テクノロジーを搭載したハイテクカーとして生き残っています。それでも、『プロパイロット2.0』と名付けられたADASよりも405馬力のツインターボエンジンを搭載した「400R」グレードに注目が集まるあたりはスカイラインという名前が持つブランド力。それこそが「スカイライン」という車名が生き残った理由なのでありましょう。






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精進します。

  




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