1969年2月に誕生したスカイラインGT-Rは4ドアセダンだった…

いまは「日産GT-R」という単独車種でありますが、言うまでもなく「スカイラインGT-R」という派生的なフラッグシップグレードがルーツ。その希少性なのか、モータースポーツでの伝説のせいなのか、ともかく「GT-R」のインパクトは強烈で、クルマに興味を持つようになった小学生の頃から最強の国産車というイメージで刷り込まれていった記憶アリ。とはいえ、自分自身のプロフィールでいうとスカイラインGT-R(PGC10)のデビュー直前に、世に誕生しているので、自分が「スカイラインGT-R」を認識した段階で、モデルとしては10年選手前後。希少モデルとして世間で価値が上がっていたのは事実なのでしょうが、パフォーマンスとしては時代遅れになりつつあったのもまた事実でありましょうか。正直、1970年代のスーパーカーブームの中で、最高出力がグロス155~160馬力のエンジンはハイパワーという分類でもなかったようにも思えますし。なんちゃってGT-Rが多すぎたのか、リアのオーバーフェンダーに特別感を覚えなかったような記憶もあるのでした。

というわけで、第一世代のスカイラインGT-R(ハコスカ、ケンメリ)については、そのデビュー時にすでに免許取得していた年齢層の諸先輩方と比べると、それほど思い入れはなかったりするのですが、自分自身が50歳になったときに、まさに50周年を記念した「NISSAN GT-R 50th Anniversary」が登場するとなると、他人とは思えないような親近感的な感情が浮かんでくるから不思議なもの。とはいえ、ハコスカGT-Rのレーシングカーをモチーフとしたであろうストライプの特別2トーンカラーが、それほど刺さらないのもまた世代的な違いなのかもしれません。

ところで、上に貼った画像はGT-R 50周年を記念して日産が用意した集合写真ですが、中央にあるハコスカGT-Rが、1969年モデルではなく、のちに設定された2ドアハードトップなのは少々残念。2ドアのほうがGT-Rらしいルックスなのは否定しませんが、せっかく50周年を記念しての撮影であれば4ドアを主役で撮って欲しかったと思うのは1969年生まれの同級生を応援する気持ちから出てくる切なる願いであります、ハイ。
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精進します。



いまは「日産GT-R」という単独車種でありますが、言うまでもなく「スカイラインGT-R」という派生的なフラッグシップグレードがルーツ。その希少性なのか、モータースポーツでの伝説のせいなのか、ともかく「GT-R」のインパクトは強烈で、クルマに興味を持つようになった小学生の頃から最強の国産車というイメージで刷り込まれていった記憶アリ。とはいえ、自分自身のプロフィールでいうとスカイラインGT-R(PGC10)のデビュー直前に、世に誕生しているので、自分が「スカイラインGT-R」を認識した段階で、モデルとしては10年選手前後。希少モデルとして世間で価値が上がっていたのは事実なのでしょうが、パフォーマンスとしては時代遅れになりつつあったのもまた事実でありましょうか。正直、1970年代のスーパーカーブームの中で、最高出力がグロス155~160馬力のエンジンはハイパワーという分類でもなかったようにも思えますし。なんちゃってGT-Rが多すぎたのか、リアのオーバーフェンダーに特別感を覚えなかったような記憶もあるのでした。

というわけで、第一世代のスカイラインGT-R(ハコスカ、ケンメリ)については、そのデビュー時にすでに免許取得していた年齢層の諸先輩方と比べると、それほど思い入れはなかったりするのですが、自分自身が50歳になったときに、まさに50周年を記念した「NISSAN GT-R 50th Anniversary」が登場するとなると、他人とは思えないような親近感的な感情が浮かんでくるから不思議なもの。とはいえ、ハコスカGT-Rのレーシングカーをモチーフとしたであろうストライプの特別2トーンカラーが、それほど刺さらないのもまた世代的な違いなのかもしれません。

ところで、上に貼った画像はGT-R 50周年を記念して日産が用意した集合写真ですが、中央にあるハコスカGT-Rが、1969年モデルではなく、のちに設定された2ドアハードトップなのは少々残念。2ドアのほうがGT-Rらしいルックスなのは否定しませんが、せっかく50周年を記念しての撮影であれば4ドアを主役で撮って欲しかったと思うのは1969年生まれの同級生を応援する気持ちから出てくる切なる願いであります、ハイ。
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精進します。










