テレビがつまらん、雑誌がつまらん、という話はよく目にするけれど、もしかすると「つまらん」と思うひとを排除したクラスタが広告対象として欲しいというネライがあるのかもしれない。

収入は、実は労働の対価ではなく、またひとの価値でもなく、立ち位置によるのだなぁ


自分が試験を受けるときには合格ラインを70~80%程度に求めるだろうに、他人には100%を求めるひとが多いような気がする。

予定調和の中で安心していたいひとに、わざわざ事実を告げる必要はないしね。むしろ、それはエンタメとしては失格だと思うから。笑いにしろ、感動モノにしろ、予定調和を崩しちゃいけないのであります。

30の話を絞って10にするのが正しい取材→原稿の流れだと思うけれど、5の話を10の原稿に、さらにいえば1の話を10の原稿にするのがプロのワザって?

他人の評価したものでないと、評価できないのはなぜだろう

あー、クルマの家電化とは「メンテナンスせずに使い続けることができて、壊れたら買い換える」という意味なのかな? だとしたら、たしかに家電化は進んでいるわな。

口数減らそう、と思ってみる

言い訳せずに黙ってスルーしたほうがいいのに。それを身内がかばったりするとキズが広がるよ、ってね。

立派な理屈をつけても、結局「自分が便利で得する生活がしたい」という気持ちが見え隠れしていると説得力ないですな

某誌での100万円CAR対決という企画。一部の原稿を担当しているのですが、車両&チューニング&メンテで100万円という企画ながら予算内に登録諸費用や保険代が入っていないのはちょっと疑問。登録は自分でやれば印紙代くらいだけど自賠責は絶対必要だしね。任意も推めておきたいところ。

高価格なブランドを扱っている組織からすれば、年収300万円が10人いてもお客はゼロだけど、1200万円ひとりと200万円9人ならお客はひとりになる、ということなのかな。フラットになると困るってこと?